はじめに
これまでの30年余り、私は商品づくりに携わってきました。
手掛けたのは、発泡酒の「麒麟淡麗〈生〉」、チューハイ「氷結」、世界初のアルコール0.00%ビール「キリンフリー」、クラフトビールの先駆けとなった「スプリングバレーブルワリー」など。おかげさまで数多くの大ヒット商品に恵まれ、その総売上は、およそ9兆円となりました。
実は、これらの商品には共通点があります。
「まだ見ぬ市場をつくった」商品であること。競合商品の追随ではなく、圧倒的なオリジナリティで、新たな市場を生み出してきたこと。これこそが「千に三つ」や「一生涯一ヒット」といわれる食品・飲料業界で大ヒット商品を連発してきた秘訣です。
本書では、「市場を切り拓く商品のつくり方」を若手からベテランまで誰でも今日からすぐに実践できるよう一冊にまとめました。
ちょっと偉そうに「ヒットメーカー」としての実績を語りましたが、実は、私にはお世辞にも有能とはいえない「冬の時代」を長年過ごした過去があります。
学生時代から、自分のつくったもので世の中をアッと驚かせたい、歴史を変えたい、と夢見ていた私。「ものづくり」という仕事への思い入れもあり、当時、その世界観に魅了されていたアルコール飲料メーカーに就職しました。
最初の4年間は営業部門に配属され、深夜まで飲食店や酒屋周りの日々。ヘトヘトになりながらも業績は振るわず、得意先や上司に怒られ続けた毎日でした。「こんな仕事辞めちゃおうか」と何度も悩みました。
しかし「いつか必ずスゴい新商品をつくるんだ」「世界を変えるんだ!」という夢は捨てきれず。当時の上司に「どうしても商品開発がしたい」と異動願いを出し続けました。
その甲斐あって、晴れてマーケティング部へ異動することになりました。ところが、最初の担当は新商品開発ではなく、ギフトセット。ギフトカタログや価格表をつくるのが主な業務です。そこでは誤植を連発し、何度も価格表に正誤表をはさみ込む大失態を演じました。最終的には上司もさじを投げ、1年ちょっとで担当変更になりました。
その後、国産ウイスキーやバーボンのブランド担当を経て、ついに、夢にまでも見た新商品開発担当になったのです。
しかし、何をやっても空回りで、ひとつとしてうまくいきません。どうにか発売にこぎつけた商品もまったく売れずじまい。文字通り、鳴かず飛ばずの、周囲の誰もが認めるダメ社員でした。
大ヒット商品「連発」のきっかけ
そんな私に、転機が訪れました。「ハートランド」や「一番搾り」を開発した前田仁さんという方が、私の部署に異動してきたのです。突然、数々のヒット商品を手掛けた「スーパーエース」と一緒に仕事をすることに。そのこと自体、異例で驚きましたが、彼との仕事を通 じてさらに度肝を抜かれることになりました。
それまでの私は、「世の中に風穴を開ける」や「市場の逆張り」ばかりを狙い、尖った、美味しそうに聞こえる響きのいい商品ばかりつくっていました。しかし、完成度や個性、カッ コよさを追い求めるあまり、お客様視点が大きく欠落していたのです。
当時担当していた洋酒は売れても数十万本、つまり数十万人相手の仕事。「わかる人だけ買えばいい」そう思っていました。つまり、すべて送り手視点での開発。お客様により喜んでいただけるにはどうするべきか、考えたことはまったくありませんでした。
片や前田さんが手掛けてきたのは、少なくとも数千万の人が買うビール。「一番搾り」のような看板商品であれば、1億人規模のお客様が相手の仕事です。少なくとも、私の数千倍大きい市場や世の中を見ていたわけです。それまでの自分の視野の狭さや、考えの浅さ、稚拙さを痛いほど感じさせられました。
中でも最も衝撃的だったのは、現在の市場へ「動的に働きかけ、市場そのものを塗り替え、変革していく」発想、「創造的破壊」です。 「ビールとかウイスキーとか、清酒もそうだけど、成熟・衰退市場で生き残る方法はそれしかないよ」
そういわれたとき、最初は半信半疑でした。しかし、数年前に「一番搾り」で実行、成功させたと聞き(このエピソードは後述)、その後キリンビールに移った後も共に仕事をするうちに、私の商品づくりは180度変わりました。それ以来、私にとって商品づくりで最も大切なのは、市場をつくること。さらにその先にある、より良い未来をつくることになりました。そのためには、既存の商品と比べながら考えていてはいけません。今までまったく存在しなかった、オリジナリティ溢れるものをつくる必要があるのです。さらに、市場をつくり出すには、長年支持され続けるロングセラーを育てなければいけません。そのために、お客様のリアリティを徹底的に追求するようになりました。表層的なカッコよさだけではない、 その裏にある見栄や本音までを見通し、商品づくりをしてきたのです。
本書の構成──「商品づくり」の4要素
本書では、市場をつくる骨太な商品の の技法を、4つのパートに分けて説明します。「淡麗」や「氷結」などの成功事例だけを紹介するだけでなく、売れなかった商品のどこがダメだったのか、どう考えればよかったのかの失敗事例の分析までも徹底的に解説しました。さらに、発売に至らなかったボツ企画の直筆メモまで掲載しています。
第1章 未来の市場のド真ん中を射貫け
競合ではなく、未来を見る考え方について、「淡麗」「氷結」「キリンフリー」の実例と共に解説します。これまで連発してきたヒット商品には、すべてこの考え方が通底しています。 より良い商品をつくるなら、いきなり商品のことを考えてはいけません。まずは、未来を構 想する必要があるのです。「氷結」の初期構想のスケッチを参考に、自分がつくる商品の未来を考えてみましょう。
第2章 「偶然のひらめき」を呼び込む習慣
今までにない、真にオリジナルなアイディアの発想法を紹介します。変化に惑わされず、市場をつくるロングセラーには欠かせない不変の法則をつかむ方法もわかります。
商品の着想を得るにも、それを実現させる方法を考えるにも、具体的なアイディアが必要です。「なかなか、良いこと思いつかないなぁ」という方も多いのではないでしょうか。私も、アイディアがどんどん出てくる天才型ではありません。だからこそ、人一倍アイディアを生み出し、記録する方法を考えてきました。
第3章 企画書で商品は磨かれる
「企画書は、魅力的な提案をするために使うもの」と思っていませんか? 私の場合は違います。商品を「磨き上げる」ために使うのです。思いついたままのアイディアは、まだまだ弱く頼りないもの。骨太な商品にするために、あらゆる角度から検証します。「こんなコンセプトや企画書、人に見せられない……」と悩んでいるなら、この方法で企画書を書いてみ ましょう。「スプリングバレーブルワリー」構想時の企画書や、いつも使っているお気に入 りの道具たちも大公開します。誰でも、唯一無二の強い商品に仕上げられるようになります。
第4章 純度を保ちながら、化学反応を起こす
最終的に商品の明暗を分けるのはチームワーク。お客様が感動し、市場をつくり変えることができる100点満点以上の商品は、一人ではつくれません。チーム運営や一緒に働く人の才能の引き出し方など、人の力を借りて、想像や常識の上をいく商品をつくる方法を解説
します。逆風に立ち向かった「氷結」開発時には「ある言葉」でチームをまとめあげたのです。
あるいは、せっかく「この商品や提案は、絶対おもしろい!」とひらめいたのに、「決裁をもらえるように、ここは変えてしまおう」などと考えてしまっていませんか? そうせずとも、組織の中で提案を通す秘訣をお伝えします。
さらに「スプリングバレーブルワリー」は、お客様(ファン)さえも巻き込み、化学反応を巻き起こしています。発売後も現在進行形でつくり上げている商品なのです。
これらはすべて、ダメ社員から抜け出し「ヒットメーカー」と呼ばれるようになるまで、日々工夫し、実践してきたやり方です。地頭が良いとか、いま仕事ができるとか、そんなものはたいして関係ありません。大事なのは、どれだけ「良い商品をつくりたい」「より良い未来を届けたい」と考え抜くかです。
誰でもいつか必ず、良い商品、ヒット商品、ロングセラーがつくれる。それどころか、より大きな新しい市場だってつくれると、私は信じています。
それではさっそく、社会を、未来をより良いものに変える商品づくりを始めましょう!